2月11日
夢。友人を見舞いにタクシーを呼ぶと今気持ちに余裕がなくて乗せられないと運転手さん。どうしたのか深く聞けば友達が病気なのだという。ちょうど私の友人と近い病院だからついでに一緒に見舞いに行かないかと誘う。そのままなんとなく仲良くなる。夜も遅いしこのままどこかに泊まろうということになるが私は一度妻に連絡をとることにする。
近くのレストランに妻がいたので顔を見に行くけれど、自分が誰と一緒かということはなんとなく言えなかった。
あなたは人を引き寄せたり人と人を繋ぐ性質がある、そしてそういうことが好きだよねと言われて、そうだった、私はそういうことの中にある発見や信じてもらったり託してみたりすることが好きだったと思い出した。そういう性質は変わらないものだと思っていたけれど、あまりにもきっぱりと手放して扉を閉ざしてしまったからその時のことがうまく身のうちには思い出せない。
『ガダラの豚』3巻目を読み終えた。
恐ろしくも可笑しい冒険だった。
ナレーションがこの作品にとてもよくマッチしていた。なかなかに凄惨なシーンもあったのにおどろおどろしくなりすぎなかったのはこの声のおかげもあったと思う。
2月12日
以前住んでいた家は雷の通り道で、夏に数回は光と音がいっしょくたに来るような雷の響きを楽しんだものだった。いつの年からか雷はそこを通らなくなり、天候の激変は味わえなくなった。気候変動のためなのかそのあたりの開発の影響なのかは分からない。
フランスに来てからはあまり雷らしい雷を味わえない。近くで音がしてもあっさりと過ぎ去ってしまう。うんと遠く、厚い雲のなかをどろどろといつまでも巡っているような鳴り方をする。
雷が鳴ると弟と並んで窓ガラスに鼻をくっつけながらぎざぎざの光が見えないかと目を凝らした夜のことを思い出す。ずっと鳴りやまないでほしいと思った。
あるきっかけで昔の日記を読んだけれど、もうグカ・ハンを読んだのは4年近く前なんだと驚く。
あの読書体験は特別だった。こんな大胆な誤読は母語ではできないだろう。
2月13日
ある本を読んで。
ドキュメンタリーや科学など事実が記されているとされる書物を読む時、作者が自身のバイアスをいかに外して観察しようとし、語ろうとしているかがまずは気になる(そうでなければ取り扱う「事実」の選択自体が偏るから)。
この本のテーマとなっている子どもに対するスキンシップのように、親の行動や生育環境などの影響は長い時間をかけて現れるため因果関係の特定がしづらい。長年にわたる体のケアに関してもそうだ。人間の肉体は様々な性質をもって生まれるし、どの時点のどの要因がそれをどこに導くのかはさまざまなパターンがあり、同じことをしたつもりでも別の道を辿ることも往々にしてあるので、なかなか語るに難しいテーマだなと思ったりしつつ読んだ。
わかっていないこと、特定できないことを現時点で記すこともとても大事なことだ。けれども何かが与えられたから良かった、与えられなかったら良くなかった、という断定はどんな場合においてもできないんじゃないかと思うし、そのもしかしたら偏りかもしれない視点を絶えず疑う姿勢こそが「事実」を扱う時には最低限必要なのじゃないだろうか、ということを考えたりした。
2月15日
雪の日。
友人は自分の体が嫌いだと言う。
子どもの頃から少しでも何かをすると痛くなり、とてもセンシティブで、筋肉もつきづらい。腕立て伏せも2回しかできないし、それをすると具合が悪くなると言うからもっと簡単な、負荷をだいぶ減らした腕立て伏せやスクワットの方法があるよと伝える。普通の腕立て2回で体調が悪くなるなら負荷を1/10にして2回やるところから少しずつ様子を見ていくともしかして良いかもしれない。それでも受け付けないならときどきマッサージに頼ったり、ストレッチやヨガのような遠くからのアプローチを試すのもいいかもしれない。
「ケア」いうと構えてしまうかもしれない。そういう体だと知った上で付き合ってゆくしかないのだけれど、そういうものなんだと飲み込むこと、良し悪しをつけずに受け取ることがまず難しいのだと思う。
運動が苦手だったことも体を好きになれない要因になっているようだ。私のストレッチを受けてくれる人の中にもそういう気持ちを打ち明けてくれた方がいる。
それはもう個人の問題というより社会的な問題だろうと思う。
集団の中で、特に学校において「運動」といえば競争とか比較の概念から離れづらく、その環境の中で苦手とか得意という意識が芽生え増幅するのだと思う。
でも実のところそれぞれの体ができることには色んな種類がある。足が遅いから、体が硬いからすなわち運動ができないと思うのは「運動」とはそれができてこそのものだという大勢の思い込みから来ているだけなのではないか。
私は「健康を保つために良さそうなこと」については言及する。でも自分に必要でないことができなくたって気に病む必要はないと思う。自分のやりたいことを阻害するか、健康を害するなら気をつけたり努力するといいと思うけど、周りから植え付けられた固定観念で自分の体を拒絶することはしなくていい。
色んな人の体と関わるけれど、どこのパーツが長いとかどこに皮下脂肪がついているなどは驚くほどバリエーションに富んでいる。細かく見ていけば見ていくほど全員がぜんぜん違う。だから何かと比べたりすることもない。
何と比べて自分のそれを良い/悪いと思うのか。そもそも比べるという行為の中に一体どれだけ自分の主体性があるのか。それを良し悪しとしているのは本当に自分自身の感覚で、そう分類することは本当に自分に必要なことなのか、それが大事なのではないか。
体はひとりひとりのものだ。
2月16日
雨が森の足元を水浸しにしている。
2月17日
星占いに精通した友人が私の生まれた時間からそのときの星のポジションを教えてくれた。
私は蠍座だが、そのなかでも月や太陽を含む5つの星が蠍座にあるのでとてもその性質が強いのだという。大事なポジションに獅子座もあって、それが私の闇と光に引き裂かれる性質を語っているとのこと。カリスマとリーダー気質を兼ね備えている。真を追求しなければ気がすまず、自分の暗闇の底の深さを感じているので決してそれを見せない。自分でもそのカオスが怖いから。もしいったん開いたらすべてを焼き尽くすことになる。
自分が感じていた自分の性質とほぼ重なるので面白いなと思った。獅子座の性質であるリーダーでいるという部分はおとなになるにつれて保ってゆけなくなった。あなたは太陽すら闇の中にある、というのも印象的だった。
それから治癒に対してダイナミックな力を持っているらしいので、そうであれば嬉しい。
占いをまるきり受け取って悲しんだり喜んだりすることはないけれど、興味深かった。
作業中ビョークのアルバムがかかっていた。
カナダにいる時、このアルバムのツアーが近くのビーチであったのでチケットを買った。会場に行ってみるとこんなところにビョークが来るはずがないよというような規模の仮説みたいな舞台で、足元は砂、みんなサンダルでビールを飲みながら前座のミュージシャンの音楽にのっている。時間になっても相変わらず他のミュージシャンが歌い続けるのでやっぱり行くべき会場を間違ったのかもしれないと焦り始めた頃、嘘みたいに目の前にビョークが現れて、私はずっと口を開けて体を固まらせてその声を浴びたのだった。
新しいアルバムが出ると買っていたけれど、いつのまにか聴かなくなったな。音楽自体を積極的に聴かなくなっただけか。すごく電子的なのに、プリミティブでアコースティックなところが好きだった。
アイスランドで彼女の弟とバンドをしていたひとと共演した。レイキャビクは小さい町だから小さなライブハウスに彼女もふらりと来るのだそう。パフォーマンスを見に来てくれたらどうしようとドキドキした(こなかった)。
今どんな風なんだろうとHPを見たら、もう性別もどの星出身なのかも、どういう種類の生命なのかも分からない感じになっていた。
水害が増えている。
パリもセーヌの周りは通行止めになっているところがあるようだし、友人の家の周りの道路は水浸しで電気も止まっているらしい。気候変動に、そしてこれからはインフラがどんどん弱くなってゆく。どうなってしまうんだろう。
いつだって、後から思い起こすほどには、その災害の実際のことを考えておくことはできないな。
2月18日
道の端で白い花を見かけた。花びらが肉厚で触るとほんのりしっとり冷たい。庭にはヒヤシンスやナルキッソスも咲き始めている。鳥もそうだったけれど、あたたかくなったらする行動のように思えることを、一番寒いかもしれない季節に始めるのは何故なんだろう。
『961 heure à Beyrouth: (et 321 plats qui les accompagnent) 』Ryoko Sekiguchi を読む。
ベイルートに滞在しながら出会った様々な料理と人についての本。
編集作業中にベイルート港爆発があったとのこと。ここに記された場所や人のなかにはもう存在しないものもある。
以前はこの日本語版を著者の震災に関する本(『カタストロフ前夜』)と並行して読んだのだけれど、どちらもカタストロフ後にそれがまだ始まらなかった世界のことを思い返す、そういう行為について考えさせられた。
ある時点を、もうそこを過ぎた時間から見つめ、その距離のあいだになにがあるのか、またはそこから距離を取れない感覚のなかになにがあるのか、そのあわいのようなものを等高線みたいに眺めながら読んだ。
2月19日
舞台上のひとを見つめるのっていいなとつくづく思う。その人の美しいところも不器用なところも心を傾けてきた部分もおろそかにしてきたところも全部まるごと見えて、だからその瞬間を見たことがあるとそのひとの一部を受け取ったような感じがして、たとえばその人と言葉のやりとりの上で縁遠くなったとしても、ほんとうに自分の人生から切り捨ててしまうことはできない。
あるひとにとっては、それは踊りに限らないだろう。
2月20日
森にハンター達がやってきたのでにわかに騒がしくなった。12頭くらいの馬と、犬も20匹くらい。興奮して吠え、走り回っている。遅れてトラクターが続々と道端に停まり人が降りてくる。見学者なんだろうか。住人はハンター達にあまり好意的ではない。彼らはもちろん許可あって狩猟をしているのだけれど、鹿やイノシシが子どもを育てるシーズンにも遠慮なく森に入っていってしまう。この森は獣が増えすぎているわけでも畑の被害が多いわけでもないのだから、いたずらに彼らを脅かすようなことは、少なくとも繁殖シーズンにはやめてほしいと住人は思っている。
そういう思いを知ってか、ハンターたちは一切住人と目を合わせようともしない。
2月21日
ポリネシアで行われた核実験のときの生写真を見せてもらった。
地上からと空撮と、カラーとモノクロの計8枚。仏軍が撮影したもので外への持ち出しはもちろん禁止されていたのだけれど、彼の父がそっと保管しておいたものなのだそう。
爆発の瞬間の丸く雲が広がるところ、雲が円形に吹き払われるところ、焔を伴ったキノコ雲が立ち上がり、厚い輪が侵食してゆく様子、臍の緒みたいに地球とつながって捻じくれてゆく雲の軸、あまりにも巨大でうつくしいような暴力。
2月24日
運転している友人が大きな音で音楽をかけて、その音の震えと車のスピードと風を切る音が嵐のように身にやってきて、心臓が回転を上げる。体のこわばりをときたくて自分に「大丈夫だ」と話しかけるけれど、これで大丈夫になれたことがあまりない。大丈夫だよという言葉は少なくともこういう時には役に立たないみたいだ。「よし、狩りに出かけるぞ」の方が体はほどけそうだ。リラックスできない時に無理にリラックスしようとするのではなくて、その高鳴りに乗ってみるといいのかもしれない。少なくとも恐怖感からは逃れられる。
2月26日
ある種の言葉に全然興味を惹かれなくなってしまった。
自分の方の環境の変化が原因かもしれない。その書き手が年を取ったからかもしれない。それが書かれる場の前提が変わってしまったからかもしれない。「良い言葉」みたいなものをそれだけ量産することへの不信感は、言葉というものに対する不信感と結びついているから、やはり私の方が変わったと見るのが実際に近いのだろうな。
SNSのようなところで言動が気に障るなと思っても、本当にその人を知っているわけでもないのに崇拝していた自分を思い知り、本当にその人を知っているわけでもないのに断罪しようとしていることに気付けばいいのだと思う。憤慨したり、裏切られたような気持ちになるとしたらそれは、これまでの言動の中の違和感を見逃していた自分への不甲斐なさみたいなものにこそ関係がある。
3月1日
3月。
毎日暖かい。こんなに早く春っぽい気持ちになっていいのだろうか。
市場へはぺたぺた歩いて行った。ひとりの時は自転車で行くことが多いけれど今はハンドルの操作に不安があるから。
人参を二束、ビーツ一束、小ねぎ、ほうれん草、セロリ一株、じゃがいも、玉ねぎ、オンディーヴ、パプリカ、カブ、大根、キウイ5つ。時間が遅かったから肉屋さんは品薄で羊と牛ばかり。とりあえず何も買わなかった。卵も豆腐もないからタンパク質をどうしよう。豆乳しかないな。
元の日記には作ることとか、書くことについて何やらぶつぶつ言う部分があったのだけれどそこはカット。いまは、ぎゅうぎゅう頭から絞り出したような言葉は別に読まなくていいや、という感じがして。
今日は観測史上初めての5月の夏日なのだそう。そんな日に、冬の日記を。
また次回もお楽しみに。


