発熱、ロシュフォール、無花果の季節はじまりはじまり
9月18日
京極夏彦の分厚い本を読んでいた頃、ちょうど並行して島田荘司の御手洗シリーズを読んでおり、「御手洗、この先の石岡くんをどうしてくれるんだ!」という気持ちと「関口をどうしてくれるんだ」という気持ちが近かった気がして、どっちがどっちだったかよく思い出せない。
その頃森博嗣も読んでいた。へっくんや萌ちゃんはあのあとどうなったんだろう?完結したのかな?電子版で大人買いしちゃうことも可能なんだな、と考える。読みたい、読みたいけど今じゃない…いや、じゃあいつなんだ?という葛藤を呼び起こす『鵼の碑』の発売。
思考をその先にまで遊ばせたい時には手書きのノートを使う。後から見返して楽しいようにと工夫した時期もあったけれど、私はあとから何かを見返したりすることはないのだった。いつか見返すだろう、と考えながら人生の半分を過ぎてしまったのできっと残りの半生でも見返すことなどない(断言)。
そういうこともあって、大事そうなことを頭に浮かべつつ、ノート空間に書きつける。ペンで紙に刻むみたいに。「書きつける」という言葉がぴったりだと思う。書く、と書きつける、との違いとは。書きつける、の方が文字がしっかりと紙と噛み、体のほうにも食い込むような気がする。
書きつけることで、靄がかって見えなかった少し先に歩いてゆける。その瞬間、そういう風に手を動かしていること、それを目で追って浮かんでくることを捕まえてまた言葉という形にして打ち込んでみる、その現在の体の感じにだけ、興味があるのかもしれない。
写真もそうだった。撮る瞬間だけに興味がある。現像していないフィルムが今でもたくさん手元にある。
絵を描いてみたいし、刺繍にも興味がある。彫刻や陶芸もしてみたい。でも、何かを形にしたいわけじゃない。描きたいもの、縫いたいもの、掘りたいものは別にない。物体ができあがってしまったらただもてあますだけだろう。ただその作業に体を打ち込んでみたい。そういう欲求はすごくある。
だからきっと振付よりも即興に惹かれるんだろうと思う。
自分が生み出す瞬間の熱にしか興味を持てなくて、一秒後、指を離れた途端から見えないところに流れ去ってしまう。
それでいて、こつこつと長年ひとつのものを温めるような行為や、愛でられて手垢がついたようなものにも憧れがある。
9月21日
稽古メモ
顕微鏡のように自分の足の裏に触れる地面の砂粒に感覚を開きつつ、同時に天井から舞台全体を見て、時には時間を遡ってさっきの空間の名残に何かができないか探る。
または3分後、20分後に思い出してもらえるものをその時間に彫刻する。
夢を見た。
本番が始まるというのに振付をほとんど覚えていない。トゥシューズを履くのにタイツを忘れてきてしまった。第一部は踊りきりほっとしたところでコンビニに行こうとするが、第二部までそんなに休憩時間がなかったかもと思い直して舞台に駆け戻る。第二部も第三部もいっさい振付を覚えていない。動画で復習しなければと思い、袖で懸命にWi-Fiを捕まえようとする。
電車に乗っている。浜松、という名前が見えたので浜松町のことかと思って乗っていたら浜松に行く電車だったので慌てて降りる。その駅には東京に戻る中央線が通っていたが、もう東京の電車のことも土地勘もすっかり忘れていることに気づく。
9月24日
フランスの友だちの中にいると自分には何も「あげる」ものがないと感じる。楽しませるような会話ができるわけでも、みんなを助ける技術を分けられるわけでも、何もない。日本語だったらもう少しシェアできることがあるかもしれないけど…と考えていやそうかな、言葉の問題にすり替えるのは欺瞞だな。
長年自分の内側のことばかりやってきたんだ、結局は。
自分が選んできたことだから受け入れるけど、もしこれを変えたいならどうしたらいいかなって考えなきゃね。
9月25日
バスでも電車でも、からだ全部を預けてこのままずっと乗っていたい時もあれば、ほんの細かい振動や加速が神経をぎしぎしとさせる時もある。原因が分からないし、しずめる方法も分からない。
頭の中で「大丈夫、怖くない」と自分に言い聞かせるけれど、考えてみたら怖くないことなんてとっくに、当然分かりきっている。事故がおこるかもしれないなどと考えているわけでもないし、地面と接している車輪と私の体が離れて無関係であることも分かっている。
それでもどうしてだか、自動的に、激しく摩擦を起こす車輪の接点や車体を打つ風が、体の中心の、骨だか内臓だか鼓膜だかをやすりがけしてきて、それも結構番号低めの荒いやつでこすってきて、神経は削られて切れそうな楽器の弦みたいになってる。
うろうろ動いたら怖くないかもしれない(実際、グアムでイルカを見るための小舟に乗った時には怖くてたまらず波に合わせてジャンプしたり低くしゃがんだりした)、でも電車をそういう風に怖がっているひとはどこにもいないから、腕をぎゅっと掴んで冷や汗をかいて耐える。
でも今日ふと、頭では怖くないと分かっているのに体がなんだか怖いようなら「怖くないよ」と言葉で言い聞かせるのではなく、直接体に対してどうどう、とすれば良いのでは。と思いついて、こっそりの腿に手を当てたり、二の腕をポンポンしてみたりした。自分をあやしていると見られぬよう、リズムを取っているように見せかけつつ。
まだ効果があるか分からないのだけど、たぶん
私:怖くないよ、大丈夫。
私:えーい、そんなことわかっとるわい!理屈ちゃうんや!!
という攻防を頭の中で繰り広げるよりは効き目がありそうな気がする。
9月27日
10月はピエール・ロティを主題にしたレクチャーミュージカルでダンサーを務めるのだけど、日本人や日本文化に対してのピエール・ロティの記述には誤解や白人至上主義のような匂いを感じて、日本人女性であることは一目でわかるような私が、その中でどう振る舞えばいいのかはじめはかなり悩んだ。
でもピエール・ロティ美術館で彼の絵を見て、家の中をどんな風に飾り、どんな装いをしていたかを知ったら彼への印象が大きく変わって、余計なことは考えなくなった。
彼の家には世界中に旅して集めたものが飾られ、どこの国ともいつの時代とも分からないような魔法のような呪術のような楽園のような場所になっているのだけど、彼はそれら自分が愛でたものを人に見せたり動かされたりするのを好まなかったらしい。
ピエール・ロティの絵は本当に素晴らしくて、デッサンには彼の偏執的なまでの好奇心やこだわり、熱量、情熱が感じられる。
誰かが手をかけて作ったものを見ると、言葉からだけでは分からないエッセンスを感じるられることがあると思う。
文章はその人の本質から距離をとることが時には可能だからかもしれない。
でも、体が関わった絵や彫刻やダンスや音、声、みたいなものは誤魔化しがききにくい。
勿論、ことばもからだと同じように、生まれた時からその人だけが積み上げ、磨き上げていくものではある。けれどそういうレベルでことばを使い続けることは、とても難しい。言葉は記号でもあるから。というふうに思うだけ。ピエール・ロティの絵を見られてよかった。
体は案外単純でどこまでもその人本人であり続ける。
言葉は本人から離れられるほどには、器用だ。
9月28日
タブッキの小説に、ある入江に寄せては返す波、それ自体が神さまであるという宗教の話があったような気がする。
タブッキじゃなかったかもしれない。
まだ確かめていない。
9月30日
一度だけ手相を見てもらったことがある。
友人の行きつけのおでん屋さんだった。
まだその人は高校生でそこでアルバイトをしていた。人のことがよく見えるのだと言っていた。
あなたは舞台や写真や文章と深い関係がある、それから○○歳以降の姿がよく見えない。もしかしたら亡くなるのか大病をするのか、いずれにせよ遠くに感じられると言われた。
いま考えると私はその年に日本を離れたのだった。
色や聴覚をいったんなくして、生まれ変わったのかも。
夢といえば、大人になってから出会ったある方が、子どもの頃からあなたがずっと夢に出てきていた。という話をしてくれたことがある。私は人間の言葉が話せない小さな男の子で、彼は男の子と色んな話をしながら成長したのだそうだ。実際に実在するとは思わなかった、でもひと目であの子だとわかった。そう言われても私の方には覚えがないので戸惑ったけれど。
色んな話をした。そしてある日、夢が覚めたみたいに消えてしまった。
どうしているかな。
子どもの頃、いっとき毎日遊んだのに、ある時からぱったりと交流がなくなってその後その子がどうしているかも分からない、みたいなことが良くあった。
考えてみたら大人になってもそういうことが私にはあって、あんなに深く関わったのに顔も名前もうろ覚えな人が数人いる。
なんとも薄情だな。